Excel多通貨簿記

高価でたいそうな会計ソフトや簿記アプリを必要としない海外の小企業で行った、Excelを使った多通貨簿記記帳例の紹介です。

「Excel多通貨簿記(Kindle出版)」は、当時は最新であったExcel 2013を利用した、外貨記帳簿記のしくみでしたが、いかんせん、内容が古くなりましたので、Excel2021、または、Microsoft 365 Excelで作り直し、題名を、2024年9月から、「Excel外貨記帳簿記データベース(Kindle出版)」と改名して紹介します。

小さな海外法人のExcel多通貨簿記

私が赴任した会社は、従業員100人とはいうものの、年間売上2億円程度の、小さな海外法人でした。赴任早々、COBOL語の会計システムが破綻したことや、社外報告だけでなく、会計データが、社内でもっと使いやすい形に改変したいという望みが募ったことなどをきっかけとなり、Excelを使って、取引通貨の値のまま記帳する簿記データベースを作成、運用することになりました。

欲しいのは、いつでも、どこでも、自分で作れる記帳のしくみ

稼働していたCOBOL語のシステムが、委託会社と連絡が取れなくなったことで運営を断念せざるを得なくなった、そんなことあんの?というとても珍しい体験は、本当に必要とするものは何かを反芻する機会となりました。と言っても、改めて認識することは、当然至極の2つのことです。

  • 会社運営を評価、分析するためのデータの蓄積と集計
  • 当局などへの社外報告書の作成

この2つを目的として自計化を行うのであって、そのための会計システムと道具を利用するわけですが、そのために、大層な会計システムを備える必要は、必ずしもないわけです。自分で再生、修正のできないシステムよりは、自分で理解できて、いつでも作り直せるしくみの方がよほど実用的だと痛感しました。

とは言いながら、社内にIT専門家を持つということではないので、勢い、覚えのあるExcelで何とか記帳しようと発案することになりました。

実際の取引の値も記録するしくみ

管理会計は社内利用のため、財務会計は社外報告のため、と大雑把に二分すると、当時勤めた会社のように、外貨取引が多い事業では、実際の取引の値の記録と集計の方が、社内利用に都合が良いと理解されます。一方、財務会計は、私の例では、インドネシアの海外法人であり、ルピア会計を行っていたので、全て、ルピアに換算された値の記録と集計になります。

一般的には、外貨取引は、財務会計の通貨の値に換算して仕訳記帳されます。仕訳の値が会計通貨の値なので、会計資料は、当然ながら、会計通貨の値だけが記録、集計されることになります。

しかし、この方法では、売上、仕入のほとんどが外貨取引となる事業では、簿記記帳が、社外報告のためだけになってしまい、実際の取引通貨の値は、別に記録、集計するということになります。それはそれとしてキチンとすれば良いことではありますが、実際に、別々に運用すると、修正や訂正、誤解や連絡ミスなどを要因として、両者の辻褄が合わなくなり、想像以上に混乱することがあります。その程度の業務能力かと言えばそれまでですが、数回でもそのような混乱の紐解きをしてみると気づくのは、両方とも一緒に記録、集計すれば、修正やらは一回だけで済むし、照合、確認もひと手間に絞れるだろうというアイデアです。

Excelを使って、自分で作るなら、もっと自分の仕事に使いやすいにしようと自然に考え、管理会計に必要な値、実際の取引通貨の値、そのままを記帳するという方法を採ることにしました。日本円、米ドル、インドネシアルピア、どの通貨種であろうと、実際の取引の通り記帳するため、一般の簿記にはない「通貨」という項目を追加します。この項目があれば、「通貨」単位での記録、集計が可能となり、取引値での閲覧が可能になります。

財務会計のためには、月単位で社内為替「レート」を常備するようにし、取引日に該当する「レート」によって、財務会計用の値を数式で計算するようにします。仕訳記帳は、実際の取引通貨の値で入力しますが、「レート」で計算させて、会計通貨値の記録、集計も可能になります。

VBAなどの知識があれば、さらに望ましいしくみにできるのでしょうが、そういう強者はいなかったので、あくまで一般利用の延長で、Excelの通常機能(関数やピボットテーブルなど)だけを使って、必要最小限のシンプル簡単な多通貨簿記を行います。Excelさえあれば、いつでも、どこでも作り直せるという一種の自信のようなものが生まれますが、その能力の限界故にと言うべきか、何度も考えた結果の割り切りを持ちます。

決算書を作らない

一般的な会計システムや会計ソフトは、決算書、貸借対照表と損益計算書を、そのしくみとして出力できるようになっているようですが、よく考えてみると、少なくとも当時の会社では、社内で決算書を作成するということはありませんでした。正式な決算書は顧問会計事務所に制作してもらうからです。そんな背景から、ここで紹介するしくみでは、貸借対照表、損益計算書という体裁の集計は行いません。ただ、元帳、合計残高データ集計は行うので、それらをマニュアルで集計し直すことで、どうしても必要な場合は、決算書という形の作表はできるわけです。

自計化で、常時、最低限必要とされるのは、取引通貨値と会計通貨値の元帳データ、合計残高データだけという割り切りです。

美しい体裁の整った帳表を作らない

既述の延長線ですが、決算書だけでなく、正式で、体裁の整った元帳や残高表など会計資料は、やはり、顧問会計事務所に作成してもらうことになっていました。従って、社外向けの美しい体裁の諸表は会計会社の作成するものを利用し、社内では、会計会社へ送ったり、業務で再利用するためのデータだけと考えられます。そのため、印刷出力の体裁を全く考えていません。やはり、どうしても、相応の体裁を必要とする場合には、必要とするデータだけを使って、Excelの印刷機能で設定を施すことになります。

Excel外貨記帳簿記データベース

「Excel多通貨簿記」と称したものは、作成当時は最新であった、Excel 2013を使って、関数やピボットテーブルを操作して運用するしくみでした。コピペを繰り返すなど、マニュアル操作が少なくなく、また、都度、作り直す必要があり、慣れるのに相応の時間が必要でした。しかし、Excelは、バージョンアップを重ね、今では、データベース機能が充実しました。以前のExcelを思えば雲泥の差と感じますが、何より、一度、しくみさえ作り上げれば、データを蓄積し、「更新」ボタンをクリックするだけで、いつでも、最新の集計結果を表示させることができるようになりました。

新しい、Excel 2021、または、Microsoft 365 Excelを利用し、データベースという言葉に相応しいしくみを誰でも作ることができます。発想や考え方は「Excel多通貨簿記」のまま、新しいExcelで作る例を、「Excel外貨記帳簿記データベース」と称して、紹介しています。作例は、Microsoft 365 Excelを利用しています。少し新しい関数を使うので、Excel 2021であれば、同じように作り、動作します。

仕訳シート

「仕訳」シート全体

仕訳入力をするシートです。運用時に実際に入力するのは、「仕訳日」、「コード」、「通貨」、「借」か「貸」、「備考」の、1行5か所だけです。その他は数式によって、値が表示されます。

科目名

日本語の「科目名」の他に、外国語表記を登録しておけば、言語表示の切り替えができます。

実際の取引通貨の値で仕訳入力

「Excel外貨記帳簿記データベース」の記帳は、実際にあった取引の値をそのまま入力します。利用する「通貨」を登録しておき、取引の通りの値で、「借」か「貸」のどちらかに入力します。1行には、「借」か「貸」のひとつだけを記録していきます。

会計通貨の値を数式で記録

実際の取引の値が入力されると、「レート」シートに登録されている、「仕訳日」に該当する「レート」が表示され、外貨取を、その値で会計通貨の値に換算して表示します。作例は、ルピア会計の例になっているので、JPY、USD取引が外貨取引となり、該当レートでルピアに換算された値が「借R」と「貸R」に表示されます。

この値が、財務会計用の値になり、当局など外部への報告書の数値となります。

取引通貨別集計シート

「Excel外貨記帳簿記データベース」では、2種類の取引通貨別集計表を作ります。

取引通貨別「元帳」シート全体

社内業務にすぐ利用できるように、通貨別の元帳データを作ります。こうすれば、Bank Statementの突合せが一目瞭然となり、取引先や仕入先ごとの明細、残高集計も、とても楽に確認、また、作成することができます。

「通貨月別」シート全体

通貨別月別集計シートです。実務では、売上利益の予実管理は、一種の変動損益計画書を別に用意して管理するのが実効的ですが、複数の通貨を扱う事業では、通貨別の変動損益計画書を作ることになります。この「通貨月別」シートがあれば、実績をコピペするだけで通貨別変動損益計画書の基礎を作ることができます。

会計値集計シート

財務会計用の集計も2種類用意します。

財務会計「元帳」シート全体

財務会計の値の集計シートです。社内で決算資料を作ることはしないという割り切りがありますが、会計会社の作ってくれる決算書を社内で照合、内容を確認する必要はあります。その際、このシートを使えば、効率よく照合チェックができます。また、会計会社との打ち合わせの際、このシートと、上述の取引通貨別集計シートを合わせて利用することで、実務感覚のまま、会計の相談ができるようになります。

財務会計「合計残高」シート全体

月別合計残高集計シートです。同上のように利用します。

キャッシュ日別残高シート

「通貨別月別」シートの変形です。現金、銀行勘定科目の、通貨別、日別計算集計表です。変動損益計画書の予実作成と確認、また、資金繰りや通過準備計画などに利用します。

為替レート調整シート

「Excel外貨記帳簿記データベース」では、月別に社内為替「レート」を設定して、財務会計値を計算集計します。「レート」が変わる場合、貸借対照表科目で外貨残高のあるものは、会計値を修正、調整しなければなりません。例えば、現金$10米ドルがあり、これまで、IDR15,650/USDというレートで、財務会計値、IDR156,500と記録されていて、レートをIDR16,000/USDに変更する場合、レートの登録を変えるだけでなく、IDR3,500(=IDR160,000-IDR156,500)の、為替差益の修正仕訳を追加しなければなりません。

外貨残高が多いと、この計算を一科目ずつ行うのは、意外にもシンドイものです。そのため、レート変更に伴う、必要な差額を、数式を使ってすぐに参照できるようにします。差額が分かれば、その値で、すぐに、追加仕訳を行うことができます。

Excel外貨記帳簿記データベースの効能

私の経験を元に、ルピア会計の場合の作例で紹介していますが、米ドル会計、日本会計など、どの会計でも、関連項目やレート、数式などを変更することで利用できます。海外の簿記記帳データベースとしても利用できるわけですが、ご覧の通り、私が勤めた会社のように、外貨取引が頻繁に行われる事業のデータベースとして、特に効果があるデータベースになると思います。

関数、パワークエリ、パワーピボットなど、Excelの基本機能だけを使うデータベースです。一部の機能に不慣れでも、本書では、かなり、細かく、ひとつひとつ説明を入れていますので、日常的にExcelを使い、簿記の基本なら知っているという人であれば、誰でも、Excel外貨記帳簿記データベースを作ることができます。

私が最初に運用したのは、古いバージョンのExcelであり、都度、かなりの手作業を必要としていましたが、今の新しいExcel(Microsoft 365 Excel、Excel 2021)を使い、一度、しくみを作ってしまえば、日々、仕訳を蓄積し、「更新」ボタンをクリックするだけで、上記した集計全てが最新の状態に刷新されます。外貨取引が多い事業の人や、Excelで簡単な海外の簿記記帳データベースを作ってみたいという人は、恐らく、もう新しいExcelは持っておられるでしょうから、費用をかけず、すぐに試してみることができます。

「Excel外貨記帳簿記データベース」によって、大きな追加資本なしに、経営会計(管理会計)に使いやすいデータを運用しながら、同時に、財務会計の基礎データも蓄積するという目的が実現化できます。自分で作るのですから、データの流れやしくみの中身の分かる、一般管理者、実務者にフレンドリーなデータベースです。このことから、当初は思っていなかった効能があることを実感しました。

Excelがあれば、簿記記帳のしくみを、いつでも、どこでも作れるという自信

日本にいる時、「専務!●●会計ソフトがないと簿記ができません!」と、ある新入社員に言われたことがありました。小企業にもお値ごろな会計パッケージソフトが、既に市販されている時代になったので、「ほうか、なら、●●会計ソフト買ってきてや」と気楽に言いながら、何とはなし、それまでの時代の流れを彷彿とします。

全てが手書きであった世代は、15世紀まで遡らずとも、簿記は手書きでやっていたものという感覚を忘れていません。私の知る小企業では、1990年代前半くらいまでは、簿記だけでなく、伝票や請求書、社内文書など、全てが手書きという状態でした。会計システムというものは、大企業にだけ許される高嶺の花であり、小さな会社では、いかに早く、正確に電卓を叩けるかが、実務実力のひとつとされていたのです。

「会計ソフトがないと…」という文言に苦笑しますが、「なら買えばいい」と短絡できる時代になったことを振り返ると、かつては、記帳代行もお願いしていた税理士会社の月謝がみるみる安くなったのは、PCの普及という時代の流れであり、また、小企業を含む法人の数がだいぶん減ってしまい、税務や会計専門家の数と会社の数のバランスが変わってしまったためなのだろうと、門外漢の感想を抱いたりするのでした。

そんな者故からか、場所が変われば、会計パッケージソフトがまだ市販されていないところもあり、外貨取引が多いという、それまで馴染ある環境とは異なるものの、自分たちで自計化のしくみを作るというのは、決して奇妙奇天烈なことではないように感じますし、何より、Excelという、小企業でも利用できるソフトがあるので、かつての手書きの時代に比べれば、各段に便利なしくみを整えることができるというものです。もちろん、会計専門の会社との顧問契約を持つ、一般の会社の実務レベルでのことを言っています。

実際にExcelで、自計化としてのデータベースを作り、使ってみると、いつしか、Excelがあれば、どこでも、いつでも自計化、簿記記帳のデータベースは作れるという自信のようなものが生まれます。少なくとも、経営指標として必要な変動損益計画や資金繰り管理の基礎資料をすぐに用意し、どうなっているか分からないという悩みではなく、分かるからこその、実務のあり方について、もっと考えを集中できる環境は整えられるという安心感につながってくれるようです。

Excelの使い方を学ぶことで、簿記の実務をこなせるようになる

経理専任者を募集する際、小さな会社でも「簿記2級」などと必要条件を謳うことがあります。経営者は会計資格を持っていなくても、それまでの実務を通して、同等の、若しくは、実務に必要な最低限の簿記の知識を持っているから、「簿記2級」を要求するということもありますが、経営者の会計知識では不足なので、「簿記2級」を持つ人に入社してもらい、箔をつけると同時に、外部機関との、より円滑なコミュニケーションを意図して条件付けするということもあります。いずれにしても、小さな会社に、期待相応の資格を持つ人が、そう多く応募してくれるわけではありません。また、小さな会社では、まず社員自体が少ないわけで、そもそも「経理専任」というように職種を限った働き方だけでは実務にそぐわないことが多くあります。それは他の職種も同様で、営業だけ、仕入だけという明確な職種分担では、むしろ効率が悪くなってしまう規模である場合があります。

私の勤めた会社は、正にそのような会社で、経営者を含め、全社員が、都度、職種を兼任担当、お互いが補佐しながら、会社を何とか動かしていくという状態にありました。経理業務だけを希望するという人を採用するわけにはいかず、既存の有資格者だけでは心細いため、一般職の社員の中から、経理業務もこなせる人物を育てることとしました。

日本でもインドネシアでも同じなのは、簿記を学びたいか!と声をかけても、社員は、ほぼ全員が忌避しますが、Excelを学びたい人!と言うと、大半が手を上げるということです。いろいろな試行があり、最終的には、簿記という言葉を使わないようにし、Excelの関数、ピボットテーブルの使い方を教え、Excel外貨簿記データベースや、変動損益計画書、資金繰り表などの作成の方法、それら集計結果などから、実務として、どういう読み方をすべきかを教え、相談する方が、結果として、簿記の理解、習得の近道になることを体験を通して学ぶこととなりました。

小さな会社の例であり、特別な例と考えられますが、現在、日本の小企業の後押しプロモーティングの中においても、同様の反応を実感しています。