海外赴任時に見た事件とその顛末

既に20年前のことであり、情報としては古過ぎですが、始めて海外に赴任する皆さんには、いささかでも何かの参考になるかなと思い、当時の文章を少しだけ修正して、再掲載してみます。

身近で発生した強盗事件とその顛末

我々は新年度の生産計画の打合せで、2階の会議室に集まり、各自の役割分担について話し合っていた。そろそろお昼だなと思ったその時、大きな窓から「パン、パン、パン」と火薬が破裂したような乾いた音が飛び込んできた。

「ったく!ここは昼から花火もやりよるんか?!」

相も変わらず、Directorはとぼけたことを言った。
窓を開けて見ると、向かい側のタバコ工場の警備員が、視界を右から左の方向へ全力で走っているのが見えた。

「ほ~、走ってるヤンカ」

ここは熱い国である。そのためだろうか、人々の歩く速度というのは、亀のそれほどとまでは言わないものの、かなりゆっくりしていると感じる。サッカーゲームでもない限り、走っている人を見ることは滅多になかった。それほど、珍しいのである。時を置かずして、目の前を二人乗りのオートバイがこれ以上は出せまいという勢いで工業団地の裏手門の方へ走り去って行った。

そして、あちらこちらが騒がしくなっていった。二人組みの強盗が、銀行から運び込まれた正月ボーナスの現金を強奪したのであった。銀行の現金輸送車は、自動小銃を持った特別警備員をともなっていたものの、目的の会社に到達し、車から降りようとしたところを、頭を射貫かれた。他に、銀行員ひとりと、その会社の人事担当者ひとりが、やはり、きれいに一発ずつ首などに貫通銃創を受けて即死している。目撃者の話では、強盗のひとりは、約10mほど離れたところから発砲し、3発放って、三人を射殺したという。誰に言われるまでもなく、訓練されたものの仕業であり、銃の訓練を受けられるところと言えば、聞くまでもないことであった。

後に、噂話で聞いたことであるが、どうやら、この事件を担当している警察組織は、水晶見を利用し、犯人の居所を探索しているとのことであった。犯人が触れたその現金輸送車を、高名な水晶見に観察してもらい、どのあたりに潜行しているのか探っているのである。その真偽は確認できなかったが、それからほどなくして、犯人ふたりが逮捕されたことが新聞に掲載された。そして、そしてである。その数日後に、その犯人ふたりは病死した、と新聞は語っていた。

突如として逮捕され、突如として病死する。即死した三人の遺族と保険会社を除けば、こうして事件は解決されたとでも言いたげなレポートであった。ゴルゴ13を何度も読み返すのも、こういうことがあるからなのである。それにしても、まだ、ボーナスを現金支給する会社があったのかと驚きながら、銀行振込の意味を再確認することとなった。

社内盗難事件とその顛末

その事件から、数年経った。相変わらず問題続きの工場にまた厄介な事件が発生した。従業員のひとりが携帯電話を盗まれたと言うのである。どうしてそんな高価なものを肌身はなさず所持していないのか?と疑問が湧いたが、工場での作業中は、おっかないDirectorがうろつき回るしで、ろくすっぽ携帯電話に集中することができないから、ロッカーに入れておいたのだと言う。なるほど、と思うのはここまでで、では、なぜロッカーに施錠しないのか?と聞くと、面倒だから!と、どうも辻褄の合わぬ問答になり、「お前は正直なやっちゃ!」とお世辞を言いたくなるのである。

いずれにせよ、社内犯行であることは明らかであり、人事部に対して、メンツをかけてでも犯人を挙げないと、なめられること必至であることを言って聞かせた。人事担当のふたりは、Directorに煽られなくとも、やる気満々で、報告のあった日から3日間、社内の情報収集に目を見張るほどの執念を見せた。

その後、人事担当責任者が現れ、何やら、もどかしそうに尋ね始めた。
「Director! お願いがあるんですねんけど?」
「何や?犯人は分かったんか?」
「いえ~、実はその犯人捜しに必要なことで、お願いがあるんです」
「結局、まだ判っとらんのか。で、何や、その必要なことって?」
「マジックボールを使ってみようと思うてますねんけど、宜しいか?」

良くあることだが、ローカル語を話しながら、頭の中は日本語で自己問答しようとすると、一瞬、言葉が出なくなり、思考停止状態になることがある。特に、日本語、英語、ローカル語を同時に使う場面などで発生する。

「Directorは知りまへんか?マジックボールって?」
「…」
「あの~、サッカーボールほどは大きくないけど、小さい透明な玉があるんですヤンカ。ほいで…」
「ちょっと待ちいな!あの水晶玉のことを言っちょるんか?」
「そうそう、流石はDirector! 良く知ってますやん。その水晶玉ですヤンカ!」
「ホンマに信じとるんか?貴様は?」
「いや~100%信じれるか言うとそうでもないんですけんど、8割は行けるかなって。えへへ~」

後でわかることであるが、水晶見を推薦したのは、実は警備員なのであった。社内警邏を担当する警備員は、この度の事件は、警備に対する正面からの挑戦と捉えており、何としても犯人を挙げると、人事担当者より、気合いを入れていたのである。その気合いが水晶見の推薦となって現れた訳である。

「ワイは結局は外国人だからの、ここでは。じゃが、いくらかかるんじゃ、それに?」

何かあると、なんやかんやでお小遣いを貯めようとする行為が発生し易いため、念のために確認した。

「・・・くらいとちゃいますか?」
「・・・か!ほんだら、やれ、やれ、やってみい!」

・・・とは日本円で約250円くらいである。そう聞くとDirectorはむしろはやし立てる方に回った。

数時間後、夕刻になりつつある時刻になって、人事担当者が帰ってきた。判らんでもともとと思っていたこともあり、Directorは気軽に報告を受けることとなった。

「どやった?」
「判ったんですわ!Director! けど犯人と思われる社員は今日はもう帰ってますから、明日朝さっそく直に問い質します!」
「ほぅか、が、どうなんや、その水晶見ちゅうのは?」

実は犯人よりも、その水晶見のことをもっと知りたいのである。

「いや~たまげました!アチキもこんなん簡単に判るんかと、不思議ですわぁ!携帯電話取られた子のロッカーが荒らされてましたヤンカ。ほんで、恐らくは犯人が触ったと思われるその子の私物を持って行ったんです。水晶見さんは、何や、ブツブツとつぶやきながら、おもむろに水晶に向かって、なんごとか、しゃべってはりました。ほんだら、しばらくすると、見える、見える、ちゅうやないですか」
「おぉ~そうか、ほんで、ほんで?」

Directorは真剣である。

「ほんだら、何でも曰く、『三人見える!』ちゅうんですわ!前に立っているのが、恐らく犯人で、人相はこれこれしかじかって。これって、ウチのふたりいるドライバーのひとりに間違いないと思います。もうひとりは、色が黒くて、いや、ここではみんな黒いんですけんど、ひときわ色黒で、どうもこれはこの犯人を毛嫌いしているヤツだそうで、人相からすると、すんません。言いにくいんですが、警備員のひとりのことを指してます。いやぁ、実際、仲悪いんですわぁ」
「ほんなことまで判るんか?!エライやっちゃの!ほんで、もうひとりはどうなんや?」
「そう、残りのひとりは良く判らんのですけんど、曰く、何ですか、色が白くて、目が小さくて、おっかない顔付きしてるっつうことですわ。どうやら土地のもんとはちゃうようです。ほんでも、どういう関わりがあるんか良く判らん、って言っとりました」
「そりゃ、オイのことやんか!オイはしとらんで!何でオイが従業員の携帯電話に関わらなアカンねん!」
「いやいや、水晶見がそう言ってますヤンカ。アチキもよう知りませんて」

翌日、人事と警備員が、ものものしくドライバーのひとりを召還して、小部屋でしばらく談義と相成った。時間はさほどかからなかった。結局、彼は自白し、人事は彼を即日解雇する手続きを取った。自白が決定的なものであるため、Directorは余計なことを言う必要はなかった。そのドライバーは、最後の挨拶として、Directorに面会し、謝罪を入れた。Directorは言う言葉もなく、ただ社としてのプロセスを聞かせるのみであった。

事件は解決された。誰もがそう思っていた。だが、Directorだけは、数年前のことを思い返さざるを得なかった。

『突如として逮捕され、突如として病死する』

殺人強盗事件と社内窃盗とではレベルが異なり過ぎ、一緒に論じられる対象ではないが、何かが、何かが少しだけ見えてきたような気がするのであった。釈然としないが思うのである。

「熱いのぉ。ホンマに熱い国や!」

ここは赤道直下の世界である。