多通貨取引簿記に悩む、海外小企業現地管理者の方へ・・・エクセル多通貨簿記

日本の空洞化現象対応、仕入先確保などのために海外展開を実施する企業の中には、当初から活動資金が大きく制限されている会社があります。一方、日本での実績はともかく、海外市場獲得のために展開する企業もありますが、やはり、限られた資金での活動という同じ背景を持つことがあります。

本業であるメインビジネス以外には極力資金を費やしたくない訳ですが、会社経営は、ヒトモノカネという多面性を持ち、現地活動を、特におカネの視点から理解し易くするための道具がどうしても必要となってきます。おカネを管理する道具と言えば簿記であるのは万国共通のようですが、日本国内と少し異なるのが、取引通貨にいくつかの種類があるという事情です。

現地責任者には、メインビジネスの経験を十分に持つという人が任命されることが少なくないと思います。現地管理者として、おカネの面も観ることになる彼らにとって、場合によれば、簿記の理解だけでなく、多通貨という環境が大きなストレスとなります。まだ、海外展開をしたことがない会社であれば、日本本社にも、それらの事情を理解している人が存在しないので、新任の現地管理者が、おカネの管理の方法や管理なども全て初めてのケースとして作り上げる必要がある・・・そう考えると、「よっしゃ!」と口では言うものの、意識するかどうかはともかく、もう少しストレスの上積みされることになります。

ところで、ストレスを一概に悪いものいけないものとマイナス面だけを捉えるのはやめましょう。ストレスそのものは、外部刺激に対応しようとする緊張状態ですから、人に必要で当然発生するものです。困るのは、必要以上に緊張することで生じる不都合なのであり、緊張すべき時に緊張しないとなれば、もっと不都合の元になり得るというのは、もうご存じのことと思います。

多通貨簿記を行うのが必然なので・・・

  • 多通貨簿記に利用する道具を選ぶ
  • 多通貨簿記のデータを使う

ということが悩みどころ、課題となります。

多通貨簿記の道具について

英語圏で、ドル会計を行えるところであれば、無料配布されているドル建て会計・簿記アプリを利用するのも選択肢に入ると思います。また、その他の国で、ローカル通貨建て会計・簿記アプリは、各国の民間業者で、日本の「勘定奉行」や「弥生会計」などのような会計パッケージソフトが販売されているかもしれません。これらも試してみる価値があるでしょう。

ドル会計のフリーアプリを使えるなら無料となり、その他のローカル通貨建て会計パッケージとなると、筆者が海外赴任した時には、そもそも、そういうものが存在しなかったので、COBOLなどの専門家に外注して数十万円から百数十万円を支払う必要があったのですが、今でも、数十万円のものになるのではないでしょうか。

留意しなければならないのは、ドル会計・簿記アプリであればドルの値を仕訳する、ローカル通貨建て会計ソフトであれば、そのローカル通貨の値で仕訳入力をするという、考えてみれば、当たり前の点です。どの通貨建ての会計を行うかは、各国の会計基準や財務報告基準などで縛りがあると思います。現地法人設立時、当局に申告するはずなので、大元はその申告内容に従うことになるでしょう。

円取引やドル取引の値を混ぜてそのまま合計したりしても意味がないので、簿記の仕訳には、統一された通貨建ての値を入力する・・・という当たり前のことが前提となるのでしょうが、ほとんど全ての会計ソフト・簿記アプリは、仕訳入力の前に、実際の取引通貨値を、その会計で使われる通貨建てに換金することが必要となります。ドル会計であれば、円取引やユーロ取引の値を、当該為替ルートでドルに換算して、その値を仕訳入力するという訳です。

恐らく多くは、エクセルやスプレッドシートを使って、各種通貨で発生する実際の取引値を、会計の通貨建てに換算する一覧、表を作ることになります。その後で、会計で使われる換算値を、その会計ソフト・簿記アプリに仕訳として入力するという手順になるでしょう。

かつて、筆者がルピア会計を行う必要があった時、最初から感じたのが、このエクセルで計算した値を、別のソフトやアプリに手入力し直すという手間と意味のぎごちなさです。この必要ではあるけれどどうしようもない「よっこらしょ」感が気になって仕方ありませんでした。

取引通貨値を会計通貨値に換算するのにエクセルを使わなければならない・・・なら、その後の簿記の処理もエクセルでやれば済むことではないのだろうか?・・・そんな発想から抜け切れず、筆者の場合はエクセルだけで多通貨簿記をするようになったのでした。

多通貨簿記データの利用

エクセルで多通貨簿記を行うことを日本本社に連絡すると、本社だけでなく、合弁元の総合商社担当部からも「キチガイ」と謗りを受けることになりましたが、それらが思うほど気にならなかったのは、自分なりに多通貨簿記データの利用と多通貨簿記をエクセルで行う理由について、予め何度も再復習、再確認を繰り返していたからなのだろうと思います。

多通貨簿記データの利用

まず、簿記はなぜ行うのか?ですが、言うまでもないことですが、貨幣経済で経営、生活する以上、共通のルールに従った、おカネの単位での会社の理解や説明などが必要不可欠であるからということになります。海外でも、日本国内でもそのことに変わりはなく、いつでも、おカネのストック、フローについては、少なくとも、その責任者となれば、知っておくことがその「責任」の一部と考えられます。細部に至るまで記憶できればそれに越したことはありませんが、細かく記憶しないまでも、いえ、できないので、すぐに参照できるデータが、必要に応じて、いつでも取り出せるように整えておけば十分なはずです。

そして、簿記は財務会計のためだけにしているのでなく、経営のための会計(管理会計:以下「経営会計」)であるということです。多分、そもそもの簿記の発祥の目的がそこにあったはずです。経営のおカネの面を、トリの目、アリの目、サカナの目で見るために必要なデータを用意する簿記というしくみは実によくできていると、一介の赴任者として、日本から遠く離れた場で感激するものです。

気になって仕方なかった、取引通貨値を会計通貨値に換算するという手間と意味について、しつこく考えました。結果、資金もない、人もない、小企業現地法人の責任者としては、立派な会社のように、経理部、営業部など明確なセクションを持てず、ディレクター自身、何でもかでも関わらざるを得ない、恰好良く「プレイングマネジャー」と表現することが慰みという現状、簿記という道具もフレキシブルなものであってくれねば困るという考えに至ったのです。

多通貨で発生する取引を、会計通貨値に換算して仕訳するのは、簿記のためですが、それは明らかに、財務会計のためのデータということができます。しかし、売上や仕入などについて社内で相談、議論するのは、あくまで実際の取引通貨値で問答することになり、それは、日本本社や関係商社との間でも同じことです。会計通貨値に換算した簿記データで云々するのは、顧問税理士や税務官吏との間だけで、その場合でも、「プレイングマネジャー」には、「この会計通貨値は、これこれの実際の取引通貨の意味だな」と翻訳してくれる道具が必要とされていました。

ならば、実際の取引通貨値そのままで仕訳入力し、取引通貨値と財務会計値の両方の相関を絶えず参照できる簿記であれば、簿記を、単に財務会計のためだけでなく、社内外のあらゆる問答、経営活動全般にそのまま利用することができるだろうと考えたのです。

多通貨簿記をエクセルで行う理由

  • 多通貨で発生する取引を会計通貨値に換算して仕訳する簿記
  • 多通貨で発生する取引そのままの値を仕訳する簿記

この両者には違いがあるということを確認して、時間をかけて探しましたが、当時は、それらしきものがどこにも見当たりませんでした。作るとなると特別仕様ということで、独自に制作する費用は、想いとは二桁以上の差が出てしまうということもあり、自作せざるを得ませんでした。

そして、その想いを実現させるには、当時の筆者の技能ではエクセルしか選択肢があり得なかったということが、何よりも、最大の理由となるでしょう。ピボットテーブルや多様な関数の利用を試すことになりましたが、独学の進発であり、マクロやVBAは使いません、いや、使うほどの技能がありませんでした。しかしながら、それ故、ローカル社員に、そのしくみを説明することが容易となり、筆者だけでなく、社員が社員のアイデアでより効率的に利用できる内容に更新協働が可能となりました。

以上の経緯と結果について、ローカル顧問税理士とよく相談しました。最終的に、税理士から、税務署対策としても十分適うものであるという了解を得られたことが日本への報告を促すこととなります。

多通貨取引値そのままで仕訳するエクセル簿記によって、財務会計データと経営関係データの両方を、それぞれの相関を維持したまま確認できるようにすることで、そのデータは単に経理、会計のためだけでなく、営業や仕入、輸出入など他の職種業務のためにそのまま利用されるようになりました。一応ながら、オペレーターは筆者と社員のふたりだけに限定しましたが、他のスタッフはいつでも、結果データを参照し、そのデータをそのままエクセルデータとして流用できます。期待した通り、各職種業務を筆者含めて数人だけで対応する場合には、とても有効な多通貨簿記になってくれたと実感したものです。

エクセル多通貨簿記の割り切り

エクセルで自作した簿記の道具です。筆者の技能が大きな理由ですが、一般に市販される会計ソフト、簿記アプリとは比べるべくもありません。一種の割り切りというものがともなっています。

1.顧問税理士が、最終的な、また、必要に応じて、財務諸表を作成する

これも当たり前と言えば、当たり前のことに過ぎないのかもしれませんが、社内では、作っても合計残高試算表までであり、それはあくまで社内、関係会社間だけの内部会計資料であり、社内では、公的利用の財務諸表、貸借対照表、損益計算書などは制作しないと割り切りました。

従って、必要なのは、あくまでデータなのであり、データの一覧表があれば、関係会社間でも十分であるという了解を取り付けることになります。

2.付加価値税の自動発生機能などはなく、全てマニュアルで仕訳入力する

市販会計ソフトには、登録によって、付加価値税仕訳を同時発生させる機能があるようですが、このエクセル多通貨簿記では、仕訳は全てマニュアル=手入力だけで行うという割り切り。

当社が保税区に位置しており、モノは同種でも、付加価値税を要する場合と無用の場合があり、都度確認しなければならなかったということが、背景にあったことも、手入力をうながす背景となっていました。

3.元帳、試算表などの作成もマニュアルで行う

仕訳さえ入力すれば、元帳、試算表などが自動作成される訳ではありません。これも筆者の技能の限界であり、割り切らねばなりませんでした。

変わったことをすると変わったことに気づくものです。負け惜しみに過ぎないと言えそうですが、社員それぞれに、関数、ピボットテーブルの使い方など、エクセルの利用方法を教え、彼らのエクセルリテラシーをアップすることができました。簿記の知識を持つ持たないに関わらず、エクセルの使い方として教え覚えることで、簿記というものの基礎を自然に持ち、その構造をより良く知るようになります。簿記というと、ローカル社員でも抵抗を示されることがありますが、エクセルの使い方を覚えられるというと、むしろ、率先して教わりたいという社員が多く、モチベーション維持やアップには、とても効果的であると実感します。

取引通貨値と会計通貨値の両方を日次仕訳表で確認した結果

エクセル多通貨簿記アプリを利用することで改めてふたつのことを実感しました。ひとつは、簿記は仕訳データが同じであれば、元帳や試算表、最終的には、B/S、P/Sの結果は、誰が作っても同じ結果にならなければならないということ、もうひとつは、日次仕訳表をしっかりと観ることが会計管理の肝心な手続きであるということです。

仕訳⇒元帳⇒試算表という流れは、誰もが同じく守らなければならないルールです。その作り方にもルールがあるので、元の仕訳の内容が同じであれば、元帳などを誰が作ろうと同じ結果にならなければならない・・・これまた当たり前のことなのですが、エクセルの操作間違いなどによって、時に異なる結果が発生することがあります。慣れてくると、何をどう確認すると、どこに誤りがあるか早く分かるようになりますが、それは、そのフローを見直すということでもあり、誰もが、簿記の基礎を常に意識するようになります。これは、単に入力だけを行う場合の意識とは段違いに重要な意識、知見となってくれます。

「プレイングマネジャー」は、日本との連絡・相談、製品出荷予定調整、仕入交渉、輸出入手続きなど、カラカラと乾いた笑い声をあげる日々の中、会計、簿記の確認も絶やすことはできません。既に了承した仕訳データを申し出なく書き換えてはならないという運用規則を設ければ、管理集中すべきは日次仕訳の内容だけで済むということが分かってきます。

既に確認了承したデータが確定していて、データ書換は原則ないと前提すれば、しっかりと観るべきは新たに発生する仕訳データだけで良い訳です。以前のデータを書換を必要とする場合でも、新しい仕訳として入力するとすれば、なおさら、新しい仕訳確認を綿密に行うことになりますが、しかし、それだけで、立派な日次会計管理業務となります。月次や半期などのタイミングで作成する元帳、試算表データはそのタイミングだけで確認完了すれば良いなので、日ごろの取引内容を仕訳と現実との対比でしっかり観るようになると、いつの間にか、自然に疑問や違和感が発生するようになります。

  • 昨日到着した玄関にあったあれは、まだ仕訳になっていないがなぜか?
  • 輸出インボイスと仕訳の円建て金額に差があるがどうしてか?
  • 輸入品は無税なのに、この仕訳に付加価値税がついているのはおかしくないのか?

借方と貸方が逆さまに入力されているというようなことだけでなく、実際の経営活動と仕訳内容の両方がセットで理解されることで、社員に対する質問や指示もより的確なものになるはずです。

  • このおカネ仕訳されたのか?
  • その納品受領書まだ仕訳入力してもらっていないだろう?
  • 先週のガソリン代より今週の方が安いがなんでだ?

日々のそういう質問との応答の繰り返しで、社員間に一種のピリッとした感覚が育ってきます。言葉では表しにくいことではありますが、そういう「ウチのボスはうるせいが、何でもお見通しのようだ」という感覚が、一種矜持というべきものを発生させ、本業を支える影の力持ちになってくれるのだろうかと想像します。

エクセルの利点がそのまま欠点:アクセス多通貨簿記

エクセルシートに保護をかけるなどすることで、既存データや式が書き換わらないように努めるのですが、エクセルの最大の利点フレキシビリティが、そのまま欠点となります。エクセル多通貨簿記アプリの利用、保存など運用方法でカバーしてきましたが、利用し始めて数年後、より仕訳データが増えることを予定した時点で、ベースをエクセルからアクセスへ変更することになります。

当初の考え方に変更はありませんでした。財務会計としてのデータ、経営会計としてのデータ、つまり、会計通貨値データと実際の取引通貨値の両方の値を同時に管理、運用する簿記として、その後、このアクセス多通貨簿記アプリを使い続けることになりました。