Excel多通貨簿記

高価でたいそうな会計ソフトや簿記アプリを必要としない、海外の小企業が行った、Excelを使った多通貨簿記の例を紹介しています。筆者の飛葉雄一です。

小さな海外法人のExcel多通貨簿記

小さな海外現地法人に赴任した筆者が、Excelで、発生する多通貨取引を、そのままの値で仕訳する、Excelの記帳のしくみを「小さな海外法人のExcel多通貨簿記」にまとめました。

小さいながらも、総合商社合弁企業であり、Excelで簿記記帳するということに、日本本社と商社担当部から厳しい難詰を受けたものですが、現地と日本の事情は異なるので、現地Directorの判断として何とか押し通した、あまり一般的ではない記帳の方法です。

Excelで簿記記帳をし始めた理由

その時だけでなく、その後も、いくら小さいとは言え海外法人であり、キチンとした会計ソフトや簿記アプリを購入して簿記記帳するものではないのかとよく言われたものです。その発想は、日本では既に十分な機能を持つ「勘定●行」や「弥●会計」などのパッケージソフトが、小企業でも使える安価な値段で提供されているということを背景にしていて、筆者自身、最初からExcelで記帳しようとは思ってもいませんでした。それでもなぜ、Excelで多通貨簿記を行うようになったのか、いくつかの理由がありました。

立派な会計ソフトを購入できる資金がなかった

そもそも、赴任先の会社で必要とされた、ルピア会計のできる、安価なパッケージソフトが存在せず、COBOL語などによるカスタム開発の費用は、思う金額とは二桁以上の違いがあったというのが、ことの始りとなります。ウチの会社専用ということで、保守契約も必要とし、必要経費が、技術者派遣費やら何やらとどんどん上乗せされます。

英語圏のドル会計の安価な会計ソフトもいくつか検討しましたが、ドル表記とルピア表記では桁数に大きな差があり、どうもしっくりとくるものがないと感じたものです。会計のあり方がメインビジネスに関わるということでもなく、立派な会計ソフトはもっと儲けてからのことで良いと考えるのでした。

Excelで会計レポートする会計会社があった

現地には、ウチより先輩格の、もっと大きい会社がいっぱいあったので、課題対応のためにいろいろとインタビューして回ったものです。見て回って改めて感動するのは、会計業務丸投げの会社が、決して少なくないということでしたが、もっと、大きな感動を催したのは、ある企業が顧問契約している会計会社がたとえ日系企業であっても、提出される財務諸表や会計資料やらが、エクセルで、文字通り表形式で作成されていたことです。

「元帳」や「試算表」が、それぞれ一枚のエクセルシートに記されてきますが、なるほど、プリントすれば、確かにそれぞれ相応の見栄えのする紙の出力になりますが、そのまま、すぐに各種の値をデータとして再利用できません。しかし、そういう、会計を専門領域とする会社が、エクセルをワードのように使って顧客に報告する様子は、大いに参考になり、エクセルでなら、再利用を前提としてデータベース形式にすべきであることを思い出させてくれました。

多通貨で発生する値をそのまま記帳するものが欲しかった

現地についてからでないと実感として理解できないことのひとつが、多通貨で発生する取引の記帳、仕訳業務が上げられます。筆者の場合は、ルピアという通貨で財務諸表を制作しなければならない会社の例でありましたが、どの通貨建ての会計であるにせよ、取引が、種類の異なるいくつかの外貨で発生することが多いという会社の場合、財務会計書類だけを見て会社の実態を想像できるようになるには、かなりの熟練期間が必要とされるはずです。

赴任したてのディレクターや会計モニターを仰せつかった日本の経理担当者にしても、ルピア建て財務諸表を観てピンとこないというのは当たり前のことであるかもしれませんが、そもそも、簿記というのは、ピンとくるために作られるはずなので、相当の熟練期間を経てからなどということでなく、現地の記帳は、実務者がもっと分かりやすい方法に変えなければならないと感じていました。

斯様な条件、環境をもとに、会計の専門家ではなく、システムやプログラムの専門家でもない者が、その時、多通貨で発生する取引を記帳するのに使えそうな唯一の道具がExcelであったという訳です。

多通貨簿記の意味

財務会計の通貨種とは異なる外貨建ての取引が多い(多通貨)会社の簿記は、取引通貨の値のまま仕訳入帳し、取引通貨値と(財務)会計通貨値の突き合わせが、誰でも、いつでも、すぐにできるという簿記のしくみの方が、圧倒的に使いやすい道具となります。そういう簿記記帳のしくみを、ここで多通貨簿記と記しています。

取引通貨値そのままで仕訳入帳しても(仕訳したように見えても)、取引通貨値のデータと会計通貨値に換金されたデータは別々に蓄積されるようにします。簿記の元帳や試算表は、当然ながら、統一された通貨の値で作成されなければならないので、会計通貨値に換金されたデータを利用し、取引通貨値は、通貨別残高やフローをすぐに照会できるように蓄積されます。

想像していなかったメリット

システムを作る専門家を「システム屋」、そのシステムを実際に業務に利用する人を「実務屋」と簡単に大別する考え方があるようですが、Excelで多通貨簿記の記帳を行うと、あまり世間一般的でないことを言い出したのは実務屋のひとりです。システム専門知識がある訳でなく、また、VBAというプログラム言語を操ることもできません。あくまで、Excelの関数とピボットテーブルを使っての簿記のしくみとなります。システムとは程遠い、どうしても、マニュアルでする作業が多くなります。それは最初から分かっていたデメリットのひとつですが、負け惜しみ、自画自賛という意味を含んで、想像もしなかったメリットが生まれることに気づきました。

簿記より、Excelを学びたいと思う社員は多い

筆者の知る海外経営とは、インドネシア東ジャワにあった小さな法人だけのことですが、これまでの日本の、いくつかの会社の社員と併せて感じることは、日本でもかの国でも、多くの社員は、一般的に、会計や簿記を学ぼうとする人より、Excelをもっと学びたいと思っている人の方がはるかに多いということです。

Excel多通貨簿記という、少なからず手間を必要とする簿記のしくみを、簿記のしくみとしてより、Excelの関数やピボットテーブルの学びの機会として話すことで、簿記はしたくないという反発を多いに軽減するだけでなく、自然と、簿記のしくみ理解習得のモチベーションを大きく高める結果になったようです。

小さな会社であるが故に、ディレクターに限らず、オフィス社員誰もが、メインの役務以外の職種業務も手伝ってもらうことがしばしばあります。簿記と言えば経理の職務であり、しかも専門的な知識がいるらしいとなれば、誰もが敬遠するものですが、簿記のしくみを説明しようするのでなく、どの関数をどのように配置するのか、ピボットテーブルによって、どのようなデータ表が作れるのか、期待される数値・一覧などをExcelで表すためのデータ操作方法として教えると、Excelの素晴らしい機能を実感しながら、データさえあれば、いつでも、どこでも元帳データや試算表データを用意できると理解されるようです。できるという感覚がしたいという感情を高め、もっとしたいという思いが、できることをもっと増やすという望ましい循環によって、簿記の学習をしたことがない社員でも、数カ月後には、仕訳データを渡すだけで、変動損益計算書、通貨別経費一覧表などを、作ってくれるようになりました。

覚えたExcelの関数、ピボットテーブルは、他の業務に応用できる

仕訳明細から元帳や試算表を作るというフローがモデルとなり、その時の関数やピボットテーブルの使い方が、各種業務に必要な資料作成に応用されます。Excelを、単に、Wordの表のように使うことがなくなり、実にフレキシブルな、自社のデータベース作成の優れた道具として利用するようになります。VBAを使って特別なプログラムを作らなくても、日々の改善で、小さな会社としては、十分と言えるExcelを使った「社内システム」が運営されるようになるでしょう。

割り切ったこと

想像できたデメリット、困った点については、割り切るということになりました。

手作業が多いが、理解を深めるためと割り切る

Excelでマニュアルのデータ加工を行うため、どうしても手作業が多くなります。マクロやVBAの知識があれば、もっと自動化できるのかもしれませんが、プログラムの専門家ではないし、そもそも、Excelで多通貨簿記をするというは資金力の不足が大きな要因となっていることなので、今は仕方のないことと割り切って運用しました。

ファイルが多くなるが、データ保守のためと割り切る

区切りのいい、月次タイミングなどで、元帳データや試算表データを作成しますが、それぞれのデータをファイルとして保存することになります。その分、どうしてもファイル数が多くなってきます。後々の参照のためにはキチンと各ファイルを保守管理しなければなりません。

最悪の場合、仕訳データさえあれば、いつでも、作り直しができるということは理解されていますので、特に、仕訳データファイルの管理に気を付けて運用することになります。

正式な財務諸表は顧問会計事務所に制作してもらうという割り切り

Excelで多通貨簿記を行うというのは、半ば以上、経営会計(管理会計)のために行うことです。ドルで支払う必要があるのに、手持ちドル残高が不足しないか、そのためのドルの回収はいくらあるのか、その他の通貨での回収や残高は、現行レートで何ドルに換金できるかなど、業務で必ず生じる心配事や課題に、おカネの裏付けを取るために行うことになります。

財務会計については、そのためにこそ、顧問会計事務所と契約を持つのだと割り切り、彼らに正式な財務諸表、資料を作成してもらいます。ただ、作ってくれでは怖いので、毎月、自社のデータと突き合わせますが、そのためにも、取引通貨データと会計通貨データをすぐに参照できるしくみ、このExcel多通貨簿記が良い「通訳」となってくれます。

Access多通貨簿記アプリケーション

簿記はつまりはデータベースのしくみであるので、本来、ExcelよりもAccessの方がもっと相応しいことが分かるようになり、やはり、実務屋のひとりとして、実務に、より良い簿記のしくみにするためにAccessデータベースの利用に移行していきました。

それでも、取引通貨値そのままで仕訳入力をして、という発想は維持することになりました。