小企業のフロー理論とモチベーション

ミハイ・チクセントミハイ教授の名前や、フロー理論という言葉は、小企業や個人事業の経営者や管理者に馴染みのない言葉ですが、チクセントミハイ教授の研究の概念は、大企業を研究対象にした経営学よりは、小企業であるが故に気づきやすい、経営の主体である経営者や社員の心の状態を分かりやすく説明してくれています。気づきやすく、分かりやすいということは、実際の日頃の行動に大いに参考になる使いやすい考え方ということになります。

小企業とフロー理論

フロー理論では、人は、スキルとチャレンジのバランスに、時間を忘れて無我夢中になるフロー領域があり、そのフローに限度はなく、際限なく高めることができるということが提唱されています。アカデミックの研究成果は、小企業や個人企業にはあまり意味のない関係のないことと捉えられることが多くありますが、フロー理論の概念に、小企業や個人企業の新入社員や中堅・ベテラン社員のありさまを投影してみると、下図のような図を想像することができます。

フロー理論と小企業の新人・ベテランの位置を示す図

新卒や中途採用など新入社員の状態

新しい世界に入ることを決心した新入社員は、当然、その世界でのスキルはまだ未熟ではありますが、新たな世界にチャレンジしようとして新入社員になります。入社を決心したということ自体が、取組む意思や姿勢は十分である証左となっています。図に示すように、縦軸チャレンジの幅は、横軸スキルの幅より大きい状態にあり、スキルアップによって、任される仕事も増え、より高い意識、技能からの新たなチャレンジとがバランスすることでフロー活動が可能になり得ることが想像されます。

中堅やベテランの状態

ルーキーの時期を過ぎ、勤続年数が増えると共に、スキルが向上します。中堅と言われる頃には、特に細かい指示がなくとも期待される行動ができるようになり、ベテランとなると、その世界のプロフェッショナルとして社内外から十二分に認められる知見を蓄積します。スキルは十二分に蓄積されています。そのありさまは、図にあるように、横軸スキルの幅が縦軸チャレンジの幅より広くなる状態を想像させます。そのスキルに相応した、より高みを目指すチャレンジアップを得ることが、新たなフロー領域での活動を支える要因になってくれるものと読み取れます。

現実との対比

実例として、小企業に入社した人がすぐに退社してしまうことがあります。「最近の若者は・・・」といつの時代でも言われる若者評価や、「他で務まらん奴はやっぱり・・・」とどこでもつぶやかれる中途採用者の見方があり、個人の資質や能力をもって、その主な原因とされることがあります。しかし、それだけでなく、相応のスキルアップ、また、当初持っていたチャレンジレベルの維持や向上が可能となる機会や環境があるかどうかを同時に意識し、考え、共に行動することが求められるということが再認識されるべきこともあります。

どの会社や組織でも、入社採用を決定するのは、当企業の代表、あるいは、代表の信任の厚い人物の面接評価です。新人の資質をどこまで見通せるかということはひとつの課題ではありますが、面接時点で評価された故に入社するわけですから、その評価された点からスキルアップを始めることは多くの人々が求めることであり、特別な他の方法がない限り、当然なオーソドックスな進み方と考えられます。

スキルアップもチャレンジアップも忘れたチーム

ある訪販事業で業績を伸ばす会社がありました。基本給に成約歩合給をインセンティブとして、商談技能に優れた人材を獲得したことが成長の基盤になったと、経営者は、当初の目論見は間違っていなかったことを体感していました。しかし、事務所を複数展開し、業績が横ばいとなったある時点から離職者が急速に増加し始めます。当然、経営者としては心配気がかりになりますが、その原因がハッキリせず、外部にも意見を求めておられました。

不思議なものですが、自社(自分)のことは自社内(自分)から見ている限りではよく見えない部分というのが必ず存在するようです。利害関係を持たない外部から見ると、?と思うところが見えなくなったりするのです。経営者ご自身は理想的な人物であり、経営者の存在を毎日近くで感じられる環境にあれば、既存社員も、新入社員も自然感化され、また、共感することでスキルアップも、また、チャレンジアップもなされるのですが、県外の事務所で、経営者とはあまり会わなくなる、経営者も任せて業績数値だけをモニターするだけになるとなると、特にこれまでの経緯を知らない新入社員は、その事務所の既存社員、中間管理者の影響だけで毎日を過ごすようになります。

自分だけでなく、社員も共にもっと幸せになろうと自分も周りも切磋琢磨する人物と一緒に仕事をするのと、自分の歩合だけを気にし、あるいは、もう現状を維持するだけで十分と考え、他人とは関わろうとしなくなった人物と働く場合とではどう異なるか?ということを想像してみてください、その一言で、その経営者は、自分の行動をすぐに変化させるようになりました。「理想的」というのは、そういう、全ては自分に原因があると捉え、まず自分が先に動くという行動力に求められます。

限りないチャレンジアップだけを要求されて折れてしまうケース

一族経営のいくつかの会社で実際に見られるのは、「仕事ができる」という高評価の人物に、次から次へと課題や役務を課しながら、単に便利屋のように利用されるという疲労感から挫折するケースです。

登記上法人ではあるものの、実質個人経営のような会社で見られますが、利益実態は経営者、あるいは家族だけが理解し、一般社員の利益分配率が低い会社では、体感できる自分自身の成果や他の社員も共に目指せる成果がハッキリとしないと、時間の経過と共に、絶え間ないチャレンジアップ要求に疲れてしまいます。

例えば、社長代替わりの時点で、在籍年数の長く、優秀な社員が辞めていくというような場合、先代には恩返しという意識もあり、勤続し続けてきた人物が節目と捉える機会になったりします。こういうケースは社外からは実態が掴めないことが多く、その会社の社員だけが意識できる内部環境、会社文化であるため、経営者自身が気づき、変容しない限り、社内でのフロー状態を作り出すことは難しいと捉えられます。

小企業のモチベーション

“モチベーション3.0”(ダニエル・ピンク著、大前研一訳、講談社)では、創造性が要求される仕事や役務には、3つの要素が不可欠であることを明確に主張しています。

  • 自律性
  • 熟達
  • 目的

この3つの要素を、フロー理論の概念図にそのまま重ね合わせると以下のように表現できます。フローという喜びを感じる無我夢中の状態は、スキルとチャレンジのバランス、行動の結果の評価会得などの結果として生じていると捉えることと、ピンク氏のモチベーション三要素は大きく重なる部分があると感じられます。

小企業のモチベーションの構造図

図にあるように、スキルアップとは、熟達度の向上となり、それには、結果に対する成果・評価を当事者が具体的に知ること、また、感じられることが必要となります。チャレンジアップには、相応の環境、姿勢・文化が自立性を高める土壌となり、それらがバランスすることで、明確な目的、ビジョンを目指す喜びを会得できると捉えることもできると思います。図では、新人は中堅・ベテランの枠内に位置しますが、中堅・ベテランを一部とする、もっと大きな枠組みとは、その事業、経営のビジョンを目指す環境やこれまでの実績や評価などとなる訳ですが、つまりは、それが代表者という人の枠として求められるというように考えることはできないでしょうか。

こうしてみると、経営とは、人が人と共に、人のため行う収益活動、つまり、人におカネを出してもらえる収益活動であり、とりもなおさず、社内においても、人が人としていかに、自分の幸せを目指せるかを自他共に相談しながら、できる限り成長できるのかが問われるし、期待される、そういう場なのだろうと考えたくなります。